2017年11月11日(土)
くりこま高原駅に集合。駅に着く直前に大きな虹が出て、新幹線の中から見ることが出来ました。
今回は岩手県と宮城県をバスで回りました。「東北の今」を知るべく、これまで行くことが出来なかったところも行ってきました。
●バス&運転協力/横山観光
登米市くりこま高原駅集合→陸前高田→気仙沼→ 南三陸町志津川→石巻→仙台駅解散
≪今回の参加メンバー≫
寺嶋恭子(北海道)・佐藤純子(北海道)・ 希代並紗甫(大阪)・ 堀中里香(栃木)・ 鈴木奈保子(東京)・ 桑島まゆみ(北海道)・ 小池一夫(静岡)・ 徳本里栄(北海道)・ 佐伯真理(宮城)・ 桑原美栄子(千葉)・ 長谷川敦子(神奈川)・ 長柴美恵(埼玉)
一番最初に寄ったところは宮城県登米市南方仮設住宅です。私たちのチームが初めてイベントと収納作業をさせていただいたところです。当初は350世帯が入居していましたが現在は50世帯ほどに減り、「空室」の貼り紙がたくさん貼られていました。お世話になった方々がいらっしゃらず、さみしくも感じましたが、本当は良いことなんですよね。多くの方が復興住宅に移転されましたが、まだ移転先が決まらない世帯もあります。50世帯だけと思うか、50世帯もと思うか・・。考えさせられます。
陸前高田市に入りました。まだ当時の建物が所々にそのまま残っています。
東日本大震災からずっと「陸前高田」に何度も足を運び、支援活動をされいる方から教えてもらったお店です。
本来はこんなに大勢の予約は難しいそうですが「東京から来るなら!」とご主人が受け入れてくださいました。
「どうしても食べたい!」と思った『磯ラーメン』と『焼ほたて』はやっぱりサイコーでした。
『磯ラーメン』はさっぱり塩味に海産物のお出汁がきいているけど、しつこくなく、最後までスープが飲みたいほどクセになる美味しさです♪ 見た目以上に麺が多いのでお腹を空かせて行くと良いかも^^ 『焼ほたて』はもう言うことナシ。家で焼くのとはやっぱり全然違いますよね。おまけにお手製のリンゴペーストがのったパンも出してくださり、この手作り感がまた美味しかったぁ。
「全て失ったけど、皆さんのおかげでやり直せたから、これからは恩を返していきたい」とのことです。ご家族のあたたかいお人柄に触れ、一同お腹も心もパンパンです。ごちそうさまでした!
『チーム整理収納アドバイザー』として初めて岩手県を訪れました。
「奇跡の一本松」は当時の本物ではなく、今は松の木のモニュメントであることはご存知の方も多いことでしょう。⇒詳細はこちら。しかし1本だけが残ったのは事実。周辺の建物が破壊された状況から見れば残ったことの凄さがわかると思います。私たちも「よく踏ん張ったね。」という思いで胸が締め付けられました。
復興工事がすすめられています。見渡す限り工事です。
スーパーも出来ています。
しかしまだまだこれからだと感じました。
岩手県陸前高田市から宮城県南三陸町向かうと「気仙沼漁港」の横を通ります。フカヒレの生産量では日本一を誇り、カキ、ホタテガイ、アワビ、ウニ、ワカメ、コンブも特産品として有名ですね。漁船が多くありましたが、災害前に比べたらかなり減ったそうです。
まだ途中、「道の駅 大谷海岸」があります。建物の裏(海岸側)に行くと、途中で断絶したままの「気仙沼線」があります。陽が沈むころに立ち寄った私たち。だれも言葉を発することは出来ませんでした。
やっと全員で記念撮影♪ 風が強い1日でときどき黒い雲が出たけど、雨に打たれることなく各地を回ることが出来ました。お疲れさまでした。
チーム活動を始めるきっかけを作って下さり、ずっと活動を応援して下さった内田様ご夫妻。「月と昴」店主のご両親です。
奥様には無理をお願いして2日間のガイドにご同行いただいています。
ご家族は、ご夫妻のお店、ご兄弟のお店、そしてご自宅まで失いながらも、地元支援のために動かれ、他県から訪れる人々を歓迎して下さり、各団体のご協力もされてきました。
内田様とのご縁がなければこの『チーム整理収納アドバイザー』もなかったことでしょう。感謝の言葉もみつからないまま、存分に楽しく&美味しい晩餐となりました。
「さかなのみうら」のお刺身も並び、これ以降もまだまだ料理が並び、飲んで、食べて、大騒ぎ!口が止まる暇がありませんでした(笑)
こちらをお開き後、解散するわけがありません。ホテルでみんな集合して、いつまでも熱い語り合いが続きました。長く、あっという間の1日目が終わりました。
2017年11月12日(日)
2日目の朝を迎えました。
ちょっと黒い雲が太陽を覆っていますが、昨日とちがって風もなく、暖かな日です。
今日は志津川を回り、石巻へ行きます。
今回は30分だけの滞在しか出来ず、全員での記念撮影を取り忘れました・・(><)
志津川小学校から見た志津川沿岸部です。新しく移転した「さんさん商店街」も見えます。防災センターの周りは高い盛土に覆われて、上の方が見えるだけで、近づくことも出来ません。周辺は公園になるようです。来る度に町の光景が変わっています。
仮設町役場から鉄筋の立派な役場になっていました。高台には復興住宅も立ち並び始めていました。 工事だらけでまだまだ落ちけないでしょうが、少しずつでも生活しやすい環境に変わっていることを願っています。
高台から沿岸部に下ってくると、荒島の入口はきれいな砂浜になっていました。⇒2006年の荒島(荒嶋神社)はこちらから
志津川から次は石巻市へ向かいます。
黒い雲が少しずつ消え去っています。
この川沿いの先に見える交差点の右角に大川小学校があります。
大川小学校を公開するかどうか、心が苦しく悩みました。しかし、私たちは東北の今を知り、伝える目的に行きました。
災害の恐ろしさを知るためにも当時のそのままで存在する大川小学校をここで伝えることにいたします。
今は所々に写真が掲示されています。災害直後の写真と、災害前のきれいな校舎と子どもたちが校庭で走り回る写真もあります。見ることが本当に辛かったです。言葉を失いますが、誰かと話していなければいられない思いにかられました。
石ノ森章太郎記念館(マンガミュージアム)の石ノ森萬画館が目の前に見えるいしのまき元気市場の2F「元気食堂」でランチ。なにせ大所帯なので予約して席を確保です。
やっぱり一番人気は「海鮮丼」かな。
一同ひらすら食べています^^
日和山公園から南方面を見た光景。
復興住宅が建っていますが、この場所で果たして大丈夫なのでしょうか。
反対の北側からちょっと東よりに見た光景。先ほど昼食を食べたお店と石ノ森萬画館も見えます。当時石ノ森萬画館も大きな被害に遭い、再建工事に1億円とも言われていました。石巻駅周辺には石ノ森章太郎さんの作品がたくさん立っていてお出迎えをしてくれています^^
予定がずれてずれて・・。私たちが着いたのは閉店間際でしたが、ちょうど参加者が少なくなったところだったようです。なので、日頃は講師の面々も遠慮なく教わることを本気で楽しませていただきました(笑)
終了間際の訪問となりましたのにお受け下さりありがとうございました。
毎回片付け作業でお伺いしていたのでお客様でいることが申し訳なく落ち着かなかったのですが、ちょうど終了時間ということで、机といすの一斉撤去(片付け)をやらせていただきました。最後に出番があってホッといたしました♪
大変お世話になりました。ありがとうございました。
あっという間の2日間が終わり、仙台駅で解散です。一同、今の東北に訪れたことは貴重なことだったと感じております。風化させないためにも、他人ごとだと思わないためにも、私たちは「東北の今」を伝えていきたいと思います。
さいごに
2日間同行の上、仙台駅まで送って下さいました内田様、横山観光様、私たちの度重なる要望を受け入れながらお付き合い下さいましたことを、一同、心より御礼申し上げます。
最後に内田様と一緒に記念撮影をしていなかったことが悔やんでなりません。
このホームページで2日間を思い出していただけましたら幸いです。
そして、もうじき7年にもなるのにまだまだ終わらない復興工事。
またお役に立てる方法を見出して東北を応援していきたいと思います。
被害に遭われました皆々様の生活が1日でも早く落ちつけますよう、私たちは願い続けます。